柴山一幸は『YELLING』発売記念ライヴを終え、柴山の歌と杉浦琢雄のピアノだけという試みのライヴの構想を練っていた。そんな柴山に届いたのは「父、危篤」という知らせだった。柴山は急遽帰京し、父親の最期を看取ることはできなかったものの、葬儀の喪主を務めた。若い頃歌手を目指していた父親の弔いの意味を込め、父親と面識のあった杉浦とでその場でミニライヴを行なった。
その数日後には杉浦とのライヴの本番を精神的にも肉体的にもポロポロの状態であったがなんとか勤め上げ、二人でのライヴに手ごたえを感じた。
若干前後して、柴山の大学時代の先輩でmao music主宰の石本聡から9月の主催イベントに出演を依頼されている。
『YELLING』を聴いた石本はそのクオリティの高さに感激し、アーチストが作品以外の部分、例えば年齢だとかが理由で正当に評価されない現状を柴山となら変えられると判断したのだ。
8月には柴山のライフワークといえるイベント「新ネガティブナイト」にバンド編成で出演し、旧盆中という難しい条件にもかかわらず、動員的にも満足できる結果だった。
9月には石本主催のイベントに杉浦との二人で出演。この日は石本のソロユニットpasadena、後に柴山とレーベルメイトになる鶯色の3マンライヴであった。終演後、石本と柴山は今後の活動について語り合っている。
その直後、石本から柴山に一緒にやれないかと正式にオファーをした。
11月には大なり><小なりのアルバム発売記念ツアーの最終日に出演。この日は変則的な編成で、杉浦のキーボード、若山隆行のベースに矢部浩志のドラムスが基本で、元シュガーベイブの村松邦男が「機関車」では柴山とデュエットし、「SAYONARA」と「だってだからだって」でギターを弾いている。そして、『Fly Fly Fly』収録「希望の橋」を初披露した。
12月には町田まほろ座にて、アマチュア時代に組んでいたMr. Humanを再結成させたり、杉浦のソロ、谷口崇with森芳樹、柴山と杉浦の二人でのライヴという盛り沢山のイベントを主催している。この日のライヴでは『Fly Fly Fly』収録「たとえばこんなレクイエム」をゲストに伊藤俊吾、森芳樹を迎えて初披露した。
2016年に入ってもライヴの勢いは止まらず、鈴木博文、青山陽一との3マンライヴに出演。21世紀版メトロトロンワークスの趣きがあるイベントということで非常に盛り上がった一夜で、アンコールでは出演者全員での「大寒町」を披露した。

12764827_670220423119627_6311786074111373307_o
デビューした2月20日には、デビュー15周年イベントを開催。共演はTAM TAM、柴山とは縁深いGRANDFATHERSだった。実はこの日から柴山のバント編成のライヴのPAを石本が手がけるようになっている。
天候に恵まれなかったものの、GRANDFATHERSの出演時から観客が増え始め、柴山の出演時にはほぼ満員の観客の中での演奏となった。この日は新旧取り混ぜた選曲であった。アンコールでは柴山から次のアルバムはmao musicからリリースされるとアナウンスがあったり、前年から回数を重ねた杉浦との二人だけでの演奏があったりと、柴山の足跡を辿りつつ且つ未来を見通したライヴだったのではないか。
4月にはmao musicのショーケースイベントに出演。nica、BANK、レーベルメイトの百瀬巡と共演する。
「That’s The Way」「サーモスタット」「uSOTSUKI 」など、『Fly Fly Fly』収録曲が初披露され、ライヴの重要な曲へと成長し始めている。
この日のライヴにはアルバムの録音に参加したギタリスト、平田崇が初参加した。
6月のライヴでは「眠り姫」が初披露され、徐々にライヴで『Fly Fly Fly』収録曲の割合が増えていくことになる。
7月からマンスリーイベント「born to the music」がスタート。ポイントカードを発行したり、ライヴの中から数曲ダウンロードできるコードを希望者に配布したりと新しい試みを始めた。
他にも各地でアコースティックライヴの回数も増え、より強力なライヴを展開している。
10月5日の『Fly Fly Fly』発売まで、いや、おそらくそれ以降も柴山の勢いは止まらないはずだ。

文中敬称を略させていただきました。
(text by Hiroshi Sugai)

12747479_670220363119633_6984181737714075235_o