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柴山一幸は『Everything』の翌年、2002年リリースのオムニバス『文藝ミュージシャンの勃興』に楽曲「あ・い・う」とエッセイ「プチ坊っちゃんのマイル修行」で参加している。
2002年前後にはCDシングルが以前ほど有効なメディアではなくなったからなのか、優れたオムニバスアルバムが多数リリースされた。
青山陽一、キリンジ、空気公団、ママレイド・ラグなどを収録した『喫茶ロックnow』。カーネーション、セロファン、ゲントウキ、無頼庵が参加した『Smells Like Teengage Symphony』などが挙げられる。
『文藝ミュージシャンの勃興』は編集者としてシュガーフィールズの原朋信と田辺マモルの2人周辺のミュージシャンから選ばれた面々が参加し、東京60WATTS(冬になるとラジオで流れることの多い「外は寒いから」で参加)、チョコレートパフェ、ニーネ、双葉双一などの顔触れだった。
このオムニバスの特徴としてはそれぞれの楽曲が収録されているだけではなく、参加アーチストによるエッセイが掲載されていることだろう。
柴山一幸の「あ・い・う」に話を戻すと、後に『涙色スケルトン』に収録された楽曲のオリジナルヴァージョンで、『Everything』の延長線上にある柴山自身による演奏と編曲である(サポートとしてかぼちゃ商会のホーンが参加)。
『Everything』に比べるとより弾けた感覚があるように思う。この曲に関するこだわりが『涙色スケルトン』での再録音につながるのではないか。
「プチ坊ちゃんのマイル修行」のユーモアは、その後の柴山のいくつかの楽曲におけるユーモアにも繋がっている感のではないか。
その後、柴山は田辺マモルのサウンドプロデュース、声優の田村ゆかりに楽曲提供をした後、しばらく沈黙期に突入した。
沈黙するに至った要因は複数あるのだが、青山陽一のオープニングアクト、田辺マモルとの合同ツアーなどライヴを経験したことにより、自分は本当にここにいてよいのか何度も自問自答した結果、アーチストとして自信喪失してしまう。
それに重なる形で専門学校の講師をこの時期から始めたことなどもあり、苦渋の判断をすることになった。

そして、長い沈黙を破り、2008年5月8日に2ndアルバム『涙色スケルトン』を自らのレーベルnico musicからリリースする。完全にDIYに徹した形でのリリースだったので、さほど注目されることなく終わってしまったが、会場での人気が非常に高いアルバムである。若干前後して女優、歌手の岩田さゆりに楽曲提供をしている。
2000年の中頃には、柴山周辺のミュージシャン達も活発な活動を始めていた。
メトロトロンレコードは2006年にTHE SUZUKIのアルバムをリリースし、翌2007年にはMio Fou、政風会を復活させアルバムをリリースした。これ以降鈴木博文のソロアルバムを中心にコンスタントに作品の発表が続いている。
カーネーションは2008年、自らの事務所カーネーションオフィスを立ち上げるも、ドラマーの矢部浩志が休養することになった(翌2009年に正式に脱退する)。

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『涙色スケルトン』の内容について触れると、完全にバンドスタイルで録音されている。現在のライヴメンバーであるベースの若山隆行、キーボードの杉浦琢雄(東京60WATTS)はこのアルバムの殆どの楽曲に参加している。
「嘆きのSpace Driver」には現在アイドルグループ3776のプロデューサー石田彰がギターで参加しているのだが、柴山と石田とは20歳位からの友人でその頃涙色スケルトンというバンドで活動していたのだ。この曲を書き上げた柴山は、この曲には石田のギターがフィットすると判断し、参加のオファーをした。
そして、柴山の新作『Fly Fly Fly』収録の「That’s The Way」にラップで参加していることを付け加えておこう。
1曲目の「だってだけどだって」はライヴでの演奏頻度が高い曲で、元シュガーベイブの村松邦男をギターに迎え演奏したことがある。村松のソロ作品ともつながるブルーアイドソウル感覚に溢れた楽曲。
「あ・い・う」も演奏頻度が高い曲で、『文藝ミュージシャンの勃興』とは別テイク。オリジナルよりテムポを落として、ここでは大人の仕上がりになっている。
「君と18切符」では田辺マモルとのデュエットが実現していたり、ソロアーチストとして活動中の徳永憲がギターで殆どの楽曲に参加した。
アルバムのジャケットはアベミズキによるもので、このアルバムから続けて担当している。ジャケットを含めたアートワークは一見かわいらしい感じたが、よく見ると深い仕上がりになっている。これは柴山の作品に対するスタンスと通じているよう思うのは私だけではないだろう。

『涙色スケルトン』で活動を再開した柴山一幸はまた沈黙期に突入することになる。その要因としては、家族の状況の変化だったり、1stアルバム『Everything』で実現できなかったバンドスタイルでの録音、それも気心の知れた仲間たちとの作業で、自分の中にある別の部分を出せたことによりある種の達成感に満ちてしまったことによるものだった。
柴山の本当の意味での完全復活は2013年リリースの『I’ll be there』まで待たなければならない。

文中敬称略とさせていただきました。
(text by Hiroshi Sugai)

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