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2001年2月20日、柴山一幸が1stアルバム『Everything』をメトロトロンレコードからリリースした日である。CDを聴こうとデジパックを広げると、柴山一幸の真っ直ぐな視線が視界に飛び込んでくる。

アルバムの説明の先にまずメトロトロンレコードや当時の状況を簡単に説明しよう。

メトロトロンレコードは1987年、ムーンライダーズの鈴木慶一、鈴木博文兄弟とPASS、水族館レーベルなどの名物ディレクターだった芝省三を中心に設立された。レーベルの第一弾は鈴木博文の1stソロアルバム『Wan Gan King』(当時はアナログ盤のみ)のリリースだった。
その後、現在ソロで活動中の綿内克幸が所属していたwebbの2枚のEP、カーネーションやGRANDFATHERS、栗コーダーカルテット、青木孝明などの初期のアルバムをリリースしたり、元タンゴ・ヨーロッパのさいとうみわこのさいとうみわこ、ギタリストの徳武弘文のソロや国際アヴァンギャルド会議シリーズなど企画色の強いアルバムもリリースしていた。
関連アーチストの再発や発掘作業も盛んに行っていて、鈴木慶一『火の玉ボーイ』、政風会とカーネーションのスプリットアルバム『DUCK BOAT』にムーンライダーズ『アマチュア・アカデミー』の再発に、幻のアートポートやムーンライダーズ10周年記念ライヴの映像の発掘が挙げられる。

2001年といえば、ムーンライダーズはデビュー25周年目にあたり、アルバム『Dire Morons TRIBUNE』を発表し、25周年ツアーを敢行している。
カーネーションはその活動における大転換期を翌年に控え、ライヴ中心の活動を行っていた。
GRANDFATHERSが1991年に解散後、ソロで活動していた青山陽一は当時キリンジの堀込泰行が参加したアルバム『Bugcity』をリリースしている。青山陽一のバンド、the bluemountainsには現在KIRINJIの田村玄一、栗コーダーカルテットの川口義之、青木孝明が当時参加していた。
そして、(近年ライヴでの共演が増えている伊藤俊吾と佐々木良が参加の)キンモクセイがシングル「僕の行方」でデビューしている。

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『Everything』に話を戻すと、柴山一幸のこれ以降のアルバムとはいくつか相違点がある。
まずは演奏の殆どが柴山自身によるものだということ、録音の一部やミックスまで自身で手掛けていることが重要であろう。デビューに際して、まず自身の世界観を伝えるのにはそうする必要があったと推測する。
発表当時、アコースティックギターが多用されていることと、(おそらく機材による)湾岸スタジオの質感(是非、青木孝明『MY FRIEND IN THE SKY』やwebbの2枚のEPと聴き比べてほしい)がメトロトロン色が強いかなと感じた理由であった。
このアルバムで演奏の殆どを自身でやりきったことが、2ndアルバム以降バンドサウンドに強く拘り続けている原因だと想像してしまう。付け加えると、必要最小限のゲストプレイヤーの演奏はその分印象的である。
「Mr. Human」(ちなみに柴山が学生時代に活動したバンド名である)の川口義之のサックス、「日向へ」「眩しい季節」での西村哲也のギター、「粉ふきつくりたての風船」の青山陽一のコーラスなどはその曲の世界を広げているのではないか。
このゲストプレイヤーの顔触れを見ると、今年2月20日のデビュー15周年記念ライヴのゲストにGRANDFATHERSを選んだ理由がわかるのではないかだろうか。

今年に入ってからライヴで演奏されている「プラモデル」「せつなマニア」、柴山と杉浦琢雄との2人でのライヴでは定番になっている「浅い夢」ではその世界観に揺るぎない部分が伺える。節回しやちょっとした言葉の選択が現在も変わらない柴山一幸の作品を感じさせるのだ。
最近のライヴでは柴山のヴォーカリストとしての成長でそれらの楽曲はより説得力が増しているように思う。
現在、このアルバムは店頭在庫のみとなっている。区切りのいい5年後か10年後にはボーナストラックを追加して、再発するべきではないかと強く思う。
(文中敬称略とさせていただきました。)

(text by Hiroshi Sugai)

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